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現代の宇宙論

非一様な宇宙

Man hath weave'd out a net, and this net throwne
Upon the Heavens, and now they are his owne.
John Donne

近傍の宇宙では, 銀河は無秩序に分布しているのではなく 集団化しているように見えます. 銀河の分布が一様でないこと自体はそれほど 驚くべきことではありません. というのは, それは何らかの物理法則の 結果ではなく, 宇宙にある物質は最初からそのような状態にあった とも考えられるからです.

集団化ということを理解するめに池の中にいるアヒルの群を想像してみ ましょう. 何羽かのアヒルは勝手に泳ぎ回っていますが, 大部分のアヒルは ほとんどいつでも, 2-3羽かそれ以上の小さな群をなして移動する傾向が あります. アヒルはたまたま群になったのではなく, 群を作る傾向があるの です. アヒルにはお互いに近くにいたいという傾向があります.

銀河もまた群を作る傾向があります. 銀河の分布を見てみると, ちょうど 池の中のアヒルのように, 一つ銀河があればその側にもう一つ銀河がある 確率が高いのです. なぜ, そしてまたどの程度, 銀河が群を作るのか, それは宇宙論のとても重要な疑問なのです.

宇宙の中で物質が無秩序に分布しているかどうかという問いに答えるのは 簡単ではありません. 銀河を集団化させる物理機構がないとして, 仮に銀河 を宇宙の中に無秩序にばらまいたとしても, 確率的にはいくらかの集団化 があるように見えます. しかし実際には, 銀河の集団化を促進する一つの 重要な物理機構として重力(万有引力)があります. 重力は引力ですから, 銀河はお互いに引き合います. 従って, 宇宙が 年をとり進化するにつれて, 銀河の集団化の度合いが進むと予想されます.

集団化の理解は統計学に基づいてなされます. 例えば, もし生物学者がアヒルの 集団化の様子を研究したいとすれば, たくさんのアヒルの群を何度も何度も, かつたくさんの異なった池で観察する必要があります. 同様にもし天文学者が銀河の集団化を研究したいと思えば, きわめて大規模 な銀河のサーベイをして銀河分布の地図を作る必要があります. 宇宙における物質分布を調べる上で, スローン・ディジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)のようなサーベイが いかに重要であるかはこの理由によるものです.

宇宙論における基本的な疑問の一つは, どのくらい大きなスケールでならして 見ると, 銀河や銀河団は一様に分布していると見なせるかということです. 言い換えると, 宇宙の平均密度を間違いなく測定するにはどのくらい大きな 空間を調べなければならないかと言うことです. 宇宙は一様で等方的であるという「宇宙原理」が大きなスケールで成り立つ ためには, 空間を広げて行くにつれどこかで銀河の分布が一様に見えな ければなりません.

宇宙が場所毎に違った性質を持ちうると言うのはかなり新しい概念です. つい50年ばかり前までは, 天文学者や物理学者は宇宙を, 自然法則が 整然と作用している純粋な例と見ていました. 彼らは, 地球や太陽系やさらには銀河系まで調べても, 宇宙の誕生と進化 の秘密がわかるとは思っていませんでした. これらの天体はどれもそれぞれに固有の誕生と進化の歴史を持っていて, さらに, 宇宙と比べればそれらの大きさはとるに足らぬことは明らかでした.

しかし宇宙論の研究者は, しだいに大きなスケールで見て行けば, より秩序だった 現象が見つかると期待していました. もちろん彼らは古代ギリシアの哲学者たち のように, 宇宙には完全なる秩序があるとは考えませんでしたが, 近傍の 宇宙を越えて数億光年の距離まで見てみれば, 宇宙の平均的な性質がかなり 予想できると信じていました.

天文学者は私たちの銀河系が20個あまりの銀河の群(局部銀河群)のメンバー であることに驚いてはいませんでした. さらにその局部銀河群が約2000個の銀河 からなる銀河の集団に含まれていることにもさほど驚きませんでした. しかし, 1980年代と1990年代により広域の深いサーベイが行われるにつれて, 天文学者は驚きました. 銀河の集団(銀河団)の集団つまり超銀河団があり, 銀河は巨大な壁状や薄いシート状に分布して, ほとんど銀河の存在しない 巨大な空洞(ボイド)を取り巻いていたのです. これまで観測されたもっとも 大きなスケールで見ると, 銀河の分布はスポンジのような構造をした巨大な 洗剤の泡のように見えます.

現在, 宇宙論の基本的な疑問の一つは, 「どこでこの集団化の階層が終わるのか」 と言うことです. 銀河の集団である銀河団があり, その集団である超銀河団が あり, さらには超銀河団の集団さえもあります. この階層構造は超銀河団の 「超」集団にまで続いているのでしょうか?

この疑問は, 宇宙の誕生と進化を理解する上でもっとも重要なものです. 初期宇宙に関する理論は物質分布の初期状態についていくつかの基礎的な 予測をします. 今日見られる銀河の分布はこの初期状態から成長 してきたものですから, 大きなスケールにわたる銀河の分布と集団化の 性質を知ることは, 初期宇宙に関する理論を検証する強力なテスト の一つなのです.

SDSSはまさにこの基本的なテストを行うために計画されたのです. きわめて広い領域をずっと遠方まで体系的に観測することにより 小から大までさまざまなスケールにわたって銀河の集団化の度合いを 測って, 初期宇宙の理論を検証することができるのです.


銀河の集団化をいかに理解するか?

良くある質問に, 「どこを見ても銀河の分布が違っているなら, 銀河の 集団化と言うものはどのように理解されるのか」というものが あります. この質問に答えるもっとも簡単な方法は, それを 多くの人が知っている「ランダムノイズ」と呼ばれる過程に例え ることです.

ランダムノイズの例は, 古いラジオのざーざーする音, 滝から落ちる水の音, 海面の波の分布などがあります. どの例を取ってみても, あなたが聞いたり見たりするものは, 時々刻々と変わります. しかしながら, あなたが同じ滝の音, 同じラジオの音, あるいは同じ 海面を見ていることもまた明らかです.

これらの例で, 時間的に変化しないものは音や波の統計的な性質なのです. 海の例とりましょう. 海面は常に変化していますが, 波の数や波面の高さ の分布は, いくつかのきちんと定義できる平均的性質を持っているのです. 一度に広い範囲の海を見るか, あるいは狭い範囲であっても長時間見るか すれば, 波の一般的性質を記述できるようになります.

SDSSの天文学者もまた, 彼らの作る宇宙の地図に示された銀河の分布を, 同じような手法を使って解析します. 水深や風速がそこでの波の特徴を 決めるのとまさに同じように, 銀河の集団化の様子から, 宇宙における 物質分布の初期状態とそれ以降集団化を進化させてきた物理過程 について多くのことがわかるのです.

銀河の集団化を調べると, 他にも宇宙の基本的な性質に関する情報が得られます. 例えばそのデータから, 宇宙の平均密度を求めたり, 暗黒物質(ダークマター) の理論に制限をつけたり, 宇宙の膨張は永遠に続くのかそれともいつか 再び収縮が始まってつぶれてしまうのかという宇宙の運命を予言できたり するのです.